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城山公園
じょうやまこうえん
長野県松本市蟻ヶ崎
グーグルアース座標=N36 14 44.46 E137 57 14.94
地図地図
撮影日:P7,9,11,17=2004/8/19 P18,19=06/1/8 P2=07/01/05 P17=08/1/15 他=11/5/31
写真1:展望台
概要
  • 犬甘城(いぬかいじょう)
    • ここは鎌倉時代から、この地の豪族の犬甘氏の持城で犬甘城と呼ばれ、戦国時代を通じて重要な城砦だった。
  • 遺構
    • 中世山城の遺構として主郭や空堀も現在なお残っており、往時を偲ぶことができる。
  • 公園の歴史
    • 藩政時代は藩の管理下にあり、それを藩主戸田氏が、この地一帯を民衆に開放し、桜・楓などを植えて遊楽の地とした。
    • 1875(明治8)年に、松本に設置された最初の公園になる。
ビデオ映像あり動画
桜の季節桜の花あり
  • 冬季、トイレは閉鎖していた。
城山公園に関する記事城山公園の記事

写真15:常念岳(北西方向22km)

写真14:上高地方向(西方向30km)

写真13:弘法山古墳(南東方向4km)

写真12:松本城(南東方向1.5km)

写真11:松本城(南東方向1.5km)

松本城

写真10:美ヶ原高原・王ヶ頭(東方向14km)

写真8:展望台から(5月) (360度) >>拡大

写真9:展望台から(夏) 松本市街地、美ヶ原方向(東方向) >>拡大

■広域地図

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写真15

写真14

写真11,12,13

写真7,10

写真16,17

写真9

写真2

写真10
アルプス公園

写真20:公園の空で見た日暈(ひがさ)

写真17:松本市郊外、上高地、安曇野方向(夏) >>拡大 

写真16:松本市郊外、上高地、安曇野方向(5月) >>拡大

写真19:冬の眺め >>拡大

写真18:冬の眺め (360度) >>拡大 

写真6:いわさきちひろのモニュメント

  • 2004(平成16)年、展望台の足元に設置された。
    • 碑文より:
      • 子どもを描き続けた画家、いわさきちひろは城山公園をこよなく愛していました。
      • 母方の岩崎家は、眼下に流れる奈良井川のほとり、松本市新橋にあり、父方の倉科家は西にそびえるアルプスのふもと、梓川村(現、松本市)にありました。
      • 1945(昭和20)年、東京に住んでいたちひろは東京大空襲で家を失い、松本市の実家に疎開します。戦争が終わったとき、ちひろは城山に登りアルプスや美ヶ原をスケッチし、ノートに次のような言葉を記しました。
      • 「国敗れて山河あり・・・私は六月にこの地にきたばかりでございますけれど、私の父を生み母を生みそだてた(いえ、もっと遠く限りない何代も前からの)本当の故郷なのです・・・」
      • ちひろは、この地で画家として生きる決意をし、1946(昭和21)年の春、絵を学ぶために上京します。
      • 27歳のことでした。

写真7: 美ヶ原高原・王ヶ頭(東方向14km)

写真4:杉田久女の句碑

  • 生地である鹿児島も夫の故郷も好まず、父の故郷である松本を愛し、城山に分骨埋葬された。

写真5:吉江孤雁(よしえこがん)詩碑

  • 長野県塩尻市出身の本名、吉江喬松(たかまつ)(1880(明治13)年-1940(昭和15)年)は、早稲田大学にフランス文学科を創設したフランス文学者。
    • 1950(昭和25)年、詩碑が建立されたとき、西条八十などが記念講演を行った。

写真2:弘法山古墳から城山公園を望む(中央の小高い山の部分)

写真3:城山公園に行く途中から市街地方向を眺める

■長野県松本市城山公園の情報、地図、概要