写真11:御朱印蔵跡

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■岐阜県中津川市苗木城跡の情報、地図、概要

苗木遠山史料館
青邨記念館

写真6

写真2

写真10

写真1,12

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苗木城跡
国史跡
岐阜県中津川市苗木(なえぎ)
グーグルアース座標=N35 30 48.04 E137 29 6.89
地図地図
撮影日:2008/8/20
写真1

概要
  • 木曽川に張り出した、426メートルの高森山の露出した岩盤の上に築かれた城の跡で、国の史跡に指定されている。 
  • 苗木城は岩村城(恵那市)の支城として、室町時代に恵那で勢力を広げた遠山氏の一族である、遠山景村(とおやまかげむら)南北朝時代に築いたといわれている。
    • 戦国時代の城主、遠山直廉(なおかど)織田信長の妹をめとり、信長方だった。
    • 本能寺の変(1582・天正10)で信長が討たれると直廉の養子、友忠(ともただ)徳川家康方となったため、豊臣秀吉方の金山城主、森長可(もりながよし)と反目する。
    • 同年、長可は苗木城を攻め落とす。
    • 関ヶ原の戦い(1600・慶長5)で友忠と子の友政(ともまさ)が苗木城を取り返し、友政は徳川家康から苗木城を賜る。
    • 以後、明治維新まで12代に渡って遠山氏の居城となる。
    • 明治維新により建物は取り壊され、石垣のみが現在に残る。

写真2:天守跡の見晴台から恵那山を望む。

写真12:大矢倉跡から天守方向を望む

写真10:天守跡から三の丸の大矢倉跡を望む

写真6:見晴台からの眺め 西方向(木曽川下流方向) >>拡大

写真9:武器蔵跡

写真8:3層の倉があった跡

写真7:見晴台脇からの眺め >>拡大

写真5:見晴台からの眺め (360度) >>拡大

写真4

写真3:見晴台になっている復元された天守の枠組み