正岡子規 |
まさおか しき |
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- 1867-1902年(明治35)
- 現、愛媛県松山市生まれ。
- 35年の生涯の内、最後の7年は結核の病床にあった。
- 子規の指導の下、1897年(明治30)に句誌「ホトトギス」が創刊された。
- 日本に野球が導入された時の、野球選手だった。
- 数々の野球用語を日本語に訳したり、野球に関する句や歌を詠んだ。
- 現在も使われている訳語には「打者」「走者」「直球」などがある。
- これらのことが評価され、2002年(平成14)に野球殿堂入りした。
- 2006(平成18)年、子規が野球をしていた上野公園(東京都台東区)にある野球場に「正岡子規記念球場」の愛称がつけられた。
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関連HP |
子規記念博物館 (松山市ページ) |
■上野公園内にある「正岡子規記念球場」と句碑(東京都台東区)
2011/4/15 |
■学生時代の子規が気に入って友人の夏目漱石を呼び寄せた大宮公園(埼玉県さいたま市大宮区)
2010/5/4 |
■正岡子規の歌碑 吉見百穴(埼玉県吉見町)
2009/4/12 |
■正岡子規の歌碑 木曽の桟(長野県上松町)
2007/8/27 |
2011.07.25 |
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