近藤勇 |
こんどう いさみ |
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- 1834〜1868(明治元)年
- 現・東京都調布市の農家に生まれる。
- 天然理心流宗家、近藤周助の試衛館で剣術をまなび、1849(嘉永2)年に望まれて周助の養子となる。
- 1860(万延元)年、周助の跡を継いで天然理心流4代目となり、近藤勇と名のる。
- 1863年(文久3)に将軍徳川家茂の上洛にあたり募集した浪士隊に、門下の土方歳三、沖田総司らとともに参加する。
- 京都壬生村(みぶむら)(現・京都府京都市中京区)に駐屯し、壬生浪人ともよばれた近藤らは、会津藩主松平容保の配下に入って新選組を組織し、会津藩別動隊となった。
- 初代局長芹沢鴨(せりざわかも)が乱行のため暗殺されると、近藤が局長となる。
- 戊辰戦争の鳥羽・伏見の戦の後、1868(明治元)年、甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)を組織して現・山梨県甲州市で官軍と戦うが敗走し捕えられ処刑される。
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■近藤勇生家跡(東京都調布市)
2010/9/11 |
■近藤勇らが天然理心流の稽古をした日野宿本陣(東京都日野市)
2007/10/28 |
■近藤勇の生家の模型 調布市郷土博物館(東京都調布市)
2006/7/15 |
2010.11.9 |
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