人物
川崎平右衛門 かわさきへいうえもん
  • 江戸時代、現在の東京都府中市名主
    • 1694-1767年
    • 武蔵野新田の開発を成功させる
    • 石見銀山(いわみぎんざん)(世界遺産)の経営を立て直す
  • 川崎平右衛門は、現・東京都府中市押立町(おしたてちょう)の名主だった
    • 当時、幕府は財政立て直しを課題とした享保の改革(きょうほう・・・)を推進中
      • 身分にかかわらず有能な人物が登用された
    • 川崎平右衛門もそのひとり
      • 大岡越前に起用され、生産が上がらなかった武蔵野新田の経営を任された
      • このとき45歳
    • 実行したのは、公金の貸し付け方法を工夫して、それまで多かった貸し倒れを防ぎ、さらに肥料の一括購入、土地に適した栽培品の選択、慰安と実益を兼ねた小金井桜並木(小金井市)の設置など、当時としては大胆なものばかり
      • 農民の救済と生活安定にもつながり、経営の立て直しに成功する
  • その後、幕府の代官として美濃国(現・岐阜県)への赴任を経て、68歳で石見国大森代官に
    • 親子3代にわたり銀山経営に携わる
  • 石見銀山資料館(島根県大田市(おおし))の館長は2008(平成20)年、平右衛門をはじめとする川崎家3代の鉱山経営に着目した論文を発表した
    • 論文によると、平右衛門はここでも、数々の貸付制度を整備し、鉱山開発や経営のための資金を作り出した
      • その結果、落ち込んでいた生産は増産へと転じた
    • また、当時は「自分山」と呼ばれる民間経営の鉱山は不振に陥っていたが、平右衛門らの公費による鉱山経営が軌道に乗ると、その下請けとして雇用の創出につながった
    • 館長は「改革によって、その後の鉱山経営の基本を作った」とし、「中興の祖」と評価する
    • 参考:2008/4/13 朝日新聞 「農民出身、銀山も新田も立て直し」
  • 東京都府中市と岐阜県瑞穂市(みずほし)が交流
    • 現代にも興味深い示唆を与えている川崎平右衛門が縁で、府中市と岐阜県瑞穂市が市民交流を始めることになった
    • 美濃国では、行政課題だった治水対策に取り組んだ
      • 大小の河川が流れ、ひとたび雨が降ればはんらん、農作物に被害をもたらしていた
      • そこへ赴任した平右衛門は、長良川(ながらがわ)の支流、五六川(ごろくがわ)に「五六閘門」(ごろくこうもん)を造って川の逆流を防ぐなど大きな事業を手がけた
      • 地元では農民の目線に立った平右衛門の徳を今もたたえ続けており、毎年命日の6月6日には法要が営まれているという
    • 美濃での治水対策を始め、平右衛門の功績を紹介する特別展が府中市郷土の森博物館で開催される
      • それを知った瑞穂市の市長と「川崎治水翁顕彰会」の会長ら34人が初めて2009年(平成21)3月3日、府中市を訪れた
      • 参考:2009/3/5 朝日新聞 「代官・平右衛門が縁で交流」
川崎平右衛門翁像・・・府中市郷土の森(東京都府中市)

2007/12/5
2009.06.17

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