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写真2:恋ヶ窪用水

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■東京都国分寺市姿見の池の情報、地図、概要

姿見の池
すがたみのいけ
東京都国分寺市西恋ヶ窪(にしこいがくぼ)1丁目
グーグルアース座標=N35 42 1.28 E139 28 8.55
地図地図
撮影日:2007/3/18
写真1:姿見の池
概要
  • この一帯、恋ヶ窪谷の歴史
    • 誕生
      • 今からおよそ10万年前、多摩川扇状地を造ってしばしば流れを変え、ここはその流路の一つだった。
      • 5万年程前、氷河期が訪れると海面が低下し、多摩川は流れが急になり、扇状地を削って崖(国分寺崖線)を造り、武蔵野台地と多摩丘陵の間に流れが固定した。
      • そして、かつての流路には、台地に降った雨水や湧水が集まり小川となり、崖のところで滝となって本流に注いでいた。
      • この小川により削られて谷がつくられた。それがここ恋ヶ窪谷である。
      • この頃、本流で洪水がおこると、逆流して谷の出口に砂利が溜まり、2万年程前には、谷は塞がれて細長い湖になった。
      • その後、土砂が流入し、湖はアシが生い茂る沼となり、歴史時代まで存続したと考えられている。
    • 消滅と復元
      • 恋ヶ窪谷の水に恵まれた自然は、湿地が水田となり、里山自然に姿をかえて40年ほど前まで受け継がれていた。
      • その後、都市化が進む中で雨水は浸透しなくなり、湧水は減少し、湿地は埋め立てられた。
      • 数万年にわたって受け継がれた自然は、わずかこの40年程で失われた
      • それは、かつての健全な水循環が失われたためである。
      • 特に、貯水量が大きく流動がゆるやかで、水循環を安定化させる地下水が減ったことが原因である。
      • 市では、水循環を再生するため、国、都の補助や市民の協力により、住宅地に雨水浸透ますを設置している。
      • 地下水を増やし、湧水を守る努力の成果の一つとして、かつての湧水地を再生したものである。
  • 姿見の池の由来
    • 鎌倉時代、恋ヶ窪が鎌倉街道の宿場町であった頃、遊女達が自らの姿を映して見ていたという言い伝えによる。
    • 江戸時代に描かれた「江戸名所図絵」に登場するこのあたりの風景の中に、姿見の池と思われるものが描かれている。
    • 昭和40年代(1965〜)に埋め立てられたが、1998年度(平成10)に昔の池をイメージして整備された。
  • 恋ヶ窪用水
    • 1657(明暦3)年(江戸時代前期)に田の灌漑用水のため、玉川上水から分水してつくられた。
    • しかし、ほとんどが埋め立てられ、ここも汚水が流れていた。
    • 里山の自然を復元するため昔の用水をイメージして整備された。
      • 以上、説明板より。

写真6

写真5

写真4

写真3

写真2

写真1

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写真3:向こうに姿見の池

写真5:中央線越しの向こうに姿見の池

写真4:西国分寺駅越しに姿見の池の雑木林