青い目の人形 ヘレン・ジュリア
  • 明治以降、日本国内の生活が苦しいため、アメリカへ移民する日本人が急増した。
    • 日本人の安い賃金での労働と仕事への勤勉さに仕事をとられてしまうと恐れたアメリカ人の労働者は、日本人移民を締め出した。
  • そんな時代に宣教師のシドニー・L・ギューリックは、日本には『雛祭り』という習慣があると知り、人形を通じて日米親善をはかろうと考えた。
    • 1927年(昭和2)、この考えに賛同した人々が、アメリカ各地の子供たちから人形を集め、一つ一つの人形に名前をつけ、手作りの服を着せ、パスポート、ビザを持たせて日本の小学校・幼稚園に贈った。
    • お腹の部分に発声装置が組み込まれていて、人形の体を起こすと目を開いて「ママー」と声を出すようになっている。
    • この人形は1927年(昭和2)に旧上諏訪幼稚園に届けられたもの。
  • しかし、1941(昭和16)年からの太平洋戦争中に「日米親善の象徴」だった人形たちは、大部分が処分されてしまった。
    • だが長野県内では25体が現在も残っている。
  • 「青い目の人形Jeanちゃん」が長野県松本市の旧開智学校に展示されている。

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縞枯山(長野県茅野市北東部)の縞枯現象の説明
  • 針葉樹の枯木が縞状、階段状に続いている。

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諏訪教育博物館
長野県諏訪市諏訪1丁目
グーグルアース座標=N36 2 46.89 E138 7 7.00
地図地図
撮影日:2006/3/14
写真1
概要
  • 1982年(昭和57)に開館した諏訪自然博物館を、1982年(昭和57)に改修して諏訪教育博物館として開館した。
  • 教科書などの教育資料、諏訪地方の自然などについての展示を行われている。

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