田中正造 たなか しょうぞう
  • 1841年-1913年(大正2)
  • 足尾銅山鉱毒反対運動の指導者。
    • 日本の公害運動の先駆者とされる。
  • 1890年(明治23)の第1回総選挙で衆議院議員に当選し、以後6回連続当選する。
  • 足尾銅山(現、日光市)の鉱毒による被害住民の救済と銅山の操業停止を訴える。
  • 1901年(明治34)に幸徳秋水が書いた訴状を持って明治天皇に直訴しようとするが失敗する。
関連記事の要約 (無記入は朝日新聞)
  • 2006.08.28 田中正造の記録映画完成 公害追及あきらめなかった姿、描く
    • 田中正造の生涯を記録した映画「赤貧洗うがごとき」が完成した。
      • 足尾銅山の公害事件の影響で水没した谷中村(現・栃木県藤岡町(まち))が、今年廃村100年を迎えたのにあわせ、茨城県古河(こが)市民などでつくる「田中正造を後世に伝える会」が企画。
      • 製作委員会を立ち上げ、出資金や寄付を募って昨秋クランクインした。
      • タイトルは田中正造が詠んだ「赤貧の洗うが如き心持て 無一物こそ富というなれ」からとった。
      • 俳優の藤田弓子さんと赤塚真人さんが朗読を担当。
      • 「伝える会」のメンバーらが出演した。
    • 「田中正造の魅力は、よく知られた天皇への直訴以降にこそある。議員を辞めて住民と暮らしながら死ぬまであきらめず、人間としても成長を重ねる。勇気を与えるその姿を見て欲しい」と池田博穂監督。
関連
  • 田中正造旧宅がある栃木県佐野市
関連HP
田中正造大学
2010.02.28

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