| 日露戦争 | にちろせんそう | 
    
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        19世紀の末、ヨーロッパの強国が武力でアジアやアフリカに進出する帝国主義の時代、1904(明治37)年2月〜1905(明治38)年9月にかけて、朝鮮と満州(中国東北部)の支配をめぐって日本とロシアの間で起きた戦争。
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        連合艦隊主力が旅順(現・中国遼寧省大連市)のロシア艦隊を攻撃、陸軍が仁川(現・韓国仁川広域市)に上陸作戦を開始して開戦する。
        
          乃木希典の率いる軍は、ロシア艦隊の基地がある旅順の包囲戦を5カ月にわたって行い、二〇三高地(にひゃくさんこうち)の激戦を経て6万人の死傷者を出して陥落させた。
          東郷平八郎の率いる連合艦隊は、日本海海戦においてロシアの最強バルチック艦隊を打ち破った。
        このころ、日本、ロシアとも戦力は限界に達していて戦争の継続は困難になっていた。
        
          日本の軍事費は国家予算の7年分にのぼっていた。
          ロシアはロシア革命が起こっていった。
        日本はアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトの仲介により、アメリカのポーツマス(ニューハンプシャー州)で講和会議を行ってポーツマス条約を締結、戦争は終結した。
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      | ■戦艦「三笠」の弾痕のある甲板 東郷公園(埼玉県飯能市) 
  2008/11/19
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      | ■日露戦争後、国交回復したロシアから贈られた松 須玉歴史資料館(山梨県北杜市) 
  2007/7/26
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      | ■日露戦争の勝利を記念してできた「勝鬨の渡し」が由来になっている勝鬨橋(東京都中央区) 
  2004/12/13
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      | ■日露戦争の日本の旗艦「三笠」の模型 船の科学館(東京都品川区) 
  2004/7/20
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          | 2010.2.21 | 
        
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