邪馬台国 やまたいこく
  • 2世紀末から倭国内では大乱が起きていたが、長期の抗争を収めるために邪馬台国女王の卑弥呼が共立され、小国約30カ国による国家連合体が生まれた。
    • 邪馬台国はこの連合体の中心で、7万余戸の人口があったという。
  • 邪馬台国の場所は不明で、この場所を特定する「邪馬台国論争」と呼ばれる論争がある。
    • 北九州と畿内(京都に近い地域)が有力とされている。
 2010.2.21

My Dictionary