ポーランド |
アウシュビッツ |
Auschwitz |
- 強制収容所で知られる、ポーランド南部の町で、ポーランド名はオシフィエンチム。
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- 第2次世界大戦時にナチス・ドイツが建設した、最大規模の強制収容所・絶滅収容所の施設跡がある。
- 「アウシュビッツ」はポーランドに侵攻したナチス・ドイツの呼び名で、現在もオシフィエンチム近郊に広がる収容所群全体をアウシュビッツ強制収容所という。
- 収容所群には、隣村ビルケナウ(ポーランド名ブジェジンカ)の大規模絶滅施設アウシュビッツ第2収容所が含まれ、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所と呼ばれることも多い。
- ポーランド政府は現在、アウシュビッツの犠牲者を追悼するために、収容所跡を国立オシフィエンチム・ブジェジンカ博物館としている。
- 1979(昭和54)年、「アウシュビッツ強制収容所」として世界遺産に登録された。
- しかし、ポーランド政府は外国メディアなどがしばしば「ポーランドのアウシュビッツ強制収容所」と紹介するため、「強制収容所はポーランドがつくったもの」と誤解されているとして、世界遺産委員会に名称変更を要求。
- 2007(平成19)年、世界遺産委員会は「アウシュビッツ・ビルケナウ―ナチス・ドイツの強制・絶滅収容所(1940〜45年)」と登録名称を変更、これらの収容所がナチス・ドイツによるものであることを明確にした。
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アウシュビッツ収容所
- 第2次世界大戦時につくられた、民族を抹消するためのジェノサイド施設。
- 犠牲者
- 正確な死者の数は不明だが、収容所長ヘスは、最も少なくみても250万人と後に証言した。
- 犠牲者のほとんどはユダヤ人で、アウシュビッツは、ホロコーストと呼ばれるヨーロッパ・ユダヤ人虐殺の象徴となっている。
- 第2次世界大戦でナチに殺害された500万〜600万人とみつもられるユダヤ人のうち、少なくとも3分の1がアウシュビッツで殺された。
- さらに、多くのポーランド人、捕虜になったソ連兵、宗教者、共産主義者、障害者、ロム(ジプシー)、同性愛者たちも犠牲となった。
- 構成
- 1940(昭和15)年、親衛隊(SS)隊長で国家秘密警察ゲシュタポ長官のヒムラーの指令でつくられた。
- 始めは、占領下ポーランドとドイツ国内の収容所から送られてくる政治囚のためのものだった。
- ビルケナウのアウシュビッツ第2収容所は、1941(昭和16)年から稼働し、翌1942(昭和17)年には女子収容棟を併設した。
- ビルケナウは絶滅施設であり、シャワー室にみせかけた4つのガス室、死体を灰にするための4つの焼却炉があった。
- さらに、アウシュビッツを中心にして、およそ40ほどの付属収容所があった。
- これらは強制労働のための収容所で、アウシュビッツ第3収容所と呼ばれた。
- 収容者は、ナチ占領下のヨーロッパ各地から鉄道で毎日のようにアウシュビッツに運ばれた。
- 列車から降ろされた収容者は、3つのグループに分けられた。
- 第1のグループ
- すぐさまガス室に送られた。
- ビルケナウ収容所では1日に2万人以上のガス殺・焼却が可能で、害虫駆除会社が製造するチクロンBとよばれるシアン化合物ガスが用いられた。
- 第2のグループ
- 奴隷労働に従事し、IGファルベン社やクルップ一族などが経営する工場で働かされた。
- 1940(昭和15)年〜1945(昭和20)年に、40万5000人の収容者が強制労働に従事した、と記録されている。
- このうち34万人が、処刑、飢え、病気のために死亡した。
- 収容者の中には、ドイツ人企業家オスカー・シンドラーによって命を救われたものもいた。
- シンドラーは、自分の経営する工場で働かせるために、アウシュビッツから収容者をもらい受け、およそ1000人のポーランド系ユダヤ人の命を救った。
- 第3のグループは、主として双生児や小人症者で、「死の天使」と呼ばれたメンゲレら医師のもとに送られ、医学上の人体実験を施された。
- 収容所の管理に収容者も使われ、カポ(労働監視)や特別班(死体焼却係)に配置された。
- 彼らは、定期的に殺され、補充された。
- カポや特別班は親衛隊の監視下にあり、アウシュビッツには、総勢6000人の親衛隊が配備されていた。
- 収容所内には抵抗組織が作られていた。
- これらの組織はわずかだが収容者を逃亡させ、逃亡者たちは所内の情報を外部にもたらした。
- 1945(昭和20)年1月27日にソ連軍がアウシュビッツ収容所を解放したとき、約7600人の生存者がいた。
- しかし、解放の直前に、5万8000人以上の収容者がナチに追い立てられ、ドイツへの死の行進についた。
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関連 |
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関連HP |
アウシュヴィッツ=ヴィルケナウ強制収容所公式サイト |
アウシュヴィッツ平和博物館(福島県白河市) |
NPO法人ホロコースト教育資料センター |
2011.04.06 |
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