2010.07.03 |
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- 伊那谷を襲った昭和36(1961)年6月の「三六災害」から来年で50年。
- 多くの死者・行方不明者を出したこの未曽有の大災害を振り返り、防災対策を考えるきっかけにする「三六災害に学ぶ会」がこのほど、55人の犠牲者を出した大鹿村で開かれた。
- 当時、日本列島の真上に停滞した梅雨前線の影響で、6月23日から雨が降り出した。
- 台風も接近し、26日から集中豪雨に見舞われた。
- 翌27日のわずか1日で6月の月間平均雨量を超えたという。
- 飯田・下伊那地方だけでも死者・行方不明者は100人とされる。
- 大鹿村は伊那谷で最も大きな被害を出した。
- 29日に村のほぼ中央にある大西山が大崩落。
- 39戸が全壊し、死者は42人に達した。
- 「学ぶ会」の会場は、公園として整備された大西公園。
- 「(米を炊く燃料を買いに)農協へ行った。その帰りに、大西山が口を開けて大きな岩が落ちて来るのを見た。自宅は風圧でつぶれたが、家族5人は無事だった」と、災害当時、大西山の近くに住んでいた今井さん(86)。
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