- 1763-1827
- 信濃国に生まれる。
- 3歳で母が亡くなる。
- 「我と来て 遊べや親の ない雀」は幼いときを回想したもの。
- 父は再婚するが、継母と折り合いが悪く、15歳で江戸に向かい、その後、俳人になる。
- 50歳で故郷に戻る。
- 52歳で初めて結婚し、4人の子供をもうけるが、次々に亡くなり、妻も病死する。
- 「名月を 取てくれろと 泣く子かな」
- 「やれ打つな 蠅が手を摺り 足をする」
- 句文集「おらが春」
- 正式に出版されたのは没後。
- 「目出度(めでた)さも ちう位なり おらが春」
- 「ともかくも あなた任せの としの暮」
- ここでいう「あなた」とは「仏」のことであり、御仏にすべておまかせするという気持ち。
- 3度目の結婚でもうけた娘だけが唯一成人する。
- 1827年、宿場の大火で家を失い、焼け残った土蔵で65歳の生涯を終える。
- 生涯に2万句の俳句を残した。
- 「痩蛙(やせがえる) まけるな一茶 是にあり」
- 「雀の子 そこのけそこのけ 御馬が通る」
- 「信濃では 月と仏と おらがそば」は、一茶の作とされていたが、作者不詳の句。
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