十二単
じゅうにひとえ
公家
の女性の正式の服装。
朝廷
に仕えた女官(女房)の装束だったことから女房装束ともいわれ、
平安時代
の
国風文化
の浸透とともに一般化した。
日常着を袿
(うちぎ)
と言ったが、十二単の名は袿を数多く重ね着したことに由来する。
これは防寒と装飾を兼ねたものだったが、十二の数に意味はなかった。
色彩の重なり具合が豊かな量感をつくりだし、優雅な美しさが、日本の服装史上に大きな影響を与えた。
王朝的文化の象徴としてよく知られるが、
鎌倉時代
ごろから朝廷でも儀式以外のときは着用されなくなった。
参考:エンカルタ2007
関連HP
日本の服の歴史
2011.08.30
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